無実証明
無実とは、犯罪となる事実がないことをいいます。罪となる事実がない以上、刑事裁判で有罪とされないはずですが、残念ながら冤罪事件は今日現在もなくなりません。冤罪を防止するには、裁判での弁護活動はもちろん重要ですが、それ以前の虚偽の自白調書の作成阻止、起訴されないための活動をおろそかにしてはいけません。
1 虚偽の自白調書の作成阻止
被疑者として検挙された場合、嫌疑を否定し無実を主張すると、罪証隠滅や逃亡のおそれありとして、逮捕勾留される可能性が高く、最大23日間もの身柄拘束が続くことがあります。その間、家族や知人との一般接見が禁止されることもあり、しかも、徹底究明を名目に取り調べは厳しいものになります。孤独や不安、恐怖から早くその状況を脱したいと考えるのは自然で、中には事実とは違うことを言ってしまう方もいます。
しかし、一旦虚偽の自白をしてしまうと後から覆すのは非常に困難です。取り調べの可視化が徹底されていない現段階では、取り調べに違法や不当な点があったとしても、その証拠を集めて裁判で証明することが容易ではないからです。
したがって、そもそも虚偽の自白をしていけません。そのためには弁護士による早い段階からのサポートが不可欠です。弁護士は最初の接見時に今後の見通しを示した上で、黙秘権の重要性や行使の仕方についても具体的にアドバイスします。また、回数や時間に制限のない接見交通を重ねながら、不当な取調べがなされていないかを絶えず監視し、問題があれば即座に抗議し、そのための「被疑者ノート」も準備します。さらに、ご家族とのやり取りの橋渡しも行い、少しでも孤独を緩和して安定した精神状態を保てるように手を尽くします。
2 起訴されないための活動
日本の刑事裁判における有罪率は非常に高く、起訴されると99%以上の確率で有罪となります。その背景には、日本の捜査機関が優秀であるということもありますが、検察官が有罪判決を得られると判断しない限り起訴しないという現実があります。
そこで、起訴そのものを回避するために、身柄拘束されている被疑者に代わって、弁護士が現場を丹念に検証したり、関係者へ聞き込みを行ったりして、無実を裏付ける証拠を洗い出すことに努めます。また、根拠となる法令や過去の裁判例についても精査します。その上で、主に以下の事由を根拠に、不起訴とするよう検察官に働きかけることになります。
・「嫌疑なし」
被疑者に有利なアリバイ証拠がある場合
・「嫌疑不十分」
捜査機関による証拠の評価に問題がある場合(被害者の証言を鵜呑みにしており、裏付けがない)
証拠が不十分な場合
・「罪とならず」
正当防衛が成立する場合
捜査機関による法令の解釈に問題がある(犯罪にあたらない行為を犯罪としている)場合
3 裁判での無罪証明
刑事訴訟法336条では「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。」と規定されています。
⑴ 犯罪の証明は検察官がする
刑事裁判では、逮捕や家宅捜索等の強力な捜査権限をもつ捜査機関側、つまり検察官が有罪であることを証明する責任を負っており、被告人は自分が無罪であることを証明する必要はありません。
検察官が果たすべき証明は「刑訴法の規定により証拠能力が認められ、かつ、適式な証拠調べを経た証拠」によって行われる必要があり、その証明のレベルも、被告人が犯人であることに「合理的な疑いを入れる余地がない程度」であることが要求されます(厳格な証明)。わかりやすく言うと、証拠の形式面に問題がなく、かつ、犯罪を証明するのに必要十分なレベルが要求されており、同じ裁判である民事訴訟の場合とは格段の差があります。
⑵ 有罪判決を阻止する活動
被告人が自ら無罪であることを証明する必要はありませんが、検察官は有罪にできると判断して起訴している以上、傍観すべきではありません。やはり無罪獲得にむけた積極的な活動が必要になってきます。ただし、ここでの活動は自力で無罪立証するというよりも、検察官の主張立証の隙間や不合理な点を指摘して「真偽不明」にもっていくことで、有罪と判断できない状態を作り出すことが中心となります。
①証明力を争うための証拠(弾劾証拠)
証人の供述の証明力を争うことを弾劾(だんがい)といいます。証人の供述に対して「疑問がある」「不自然である」等の指摘をして、検察官の立証活動をぐらつかせるのです。
具体的には、証人が体験したとする事実についての認識や記憶、記述について誤りがないか、証人の能力や性格、事件との利害関係等、証人自体を信用できるかどうか、
そして、証人が過去に矛盾した供述をしておればその指摘等を、反対尋問にて行います。反対尋問で得られた供述と、公判前整理手続にて弁護人側が不同意とした当該証人の供述調書等を併せて証拠調べ請求することになります。
②違法収集証拠の排除
証拠自体の価値に問題はないものの、その収集過程に捜査機関による暴行や脅迫、偽計等の違法行為が認められる場合には、得られた証拠は事実認定の資料から排除されます。その結果、犯罪事実の認定ができずに無罪となることがあります。
なお、いかなる違法収集証拠も排除されるわけではなく、捜査手続きの違法性が重大であり、かつ、その証拠によって被告人の有罪とすることが将来の違法な捜査を抑制する見地から相当でない場合に限られています。
実際の弁護活動としては、捜査手続きの関係者の証人尋問を公判廷で行う、あるいは、取り調べ時の「被疑者ノート」を証拠として提出することもあります。
③被告人に有利な証拠集め
否認事件では多くの場合公判前整理手続きに付されます。その中で弁護人にとって特に重要なのが証拠開示請求です。検察官がはじめに開示してくる証拠は手持ち証拠のすべてでははく、開示されない証拠の中に被告人に有利な証拠が含まれていることが少なくありません。そこで、弁護人が証拠開示請求を行うわけですが、その際、検察官が持つ証拠に何があるかを知識や経験に基づいて推測した上で、いかに有益かつ多数の証拠開示を求めていくかは弁護人の力量にかかっているといえます。
4 まとめ
起訴されるとほとんどの場合有罪となってしまいますが、それでも無罪は皆無ではありません(令和元年では96件、令和2年版「犯罪白書」より)。そして、それよりも前に不起訴処分となる割合は6割を超えるのです(令和元年では64.5%)。
この数値を見れば、無実なのに嫌疑をかけられたとしても決して諦めるべきではなく、むしろ早急に動く必要があることがわかります。「無実なのに逮捕された」「冤罪をかけられた」という方は、できるだけ早く津田沼法律事務所にご相談ください。