器物損壊
1 器物損壊罪とは
⑴ 構成要件
器物損壊罪とは、他人の物を破壊、又は傷害する犯罪です。
「前3条」とは、公用文書等毀棄罪(258条)、私用文書等毀棄罪(259条)、建造物等損壊罪(260条)です。器物損壊罪は、この3罪の客体(公用・使用文書、建造物、戦艦)以外の「他人」の「物」を「破壊」したり「傷害」したりするものです。
①他人
他人の物はもちろん、自己の物であっても差押えを受ける、質入れ等の担保権を負担している、他人に賃貸している場合には対象となります(262条)。
②物
道具や持ち物といった物品だけではなく、土地も含まれ、グランドに穴を開ける行為は器物損壊罪になります。また、違法な物も対象となります。たとえば、公職選挙法違反の街頭ポスターに「殺人者」と印刷されたシールを貼った場合にも器物損壊罪が成立します。
行為に「傷害」があることから、動物も客体になり、他人のペットを殺傷すれば器物損壊罪(とくに動物傷害罪といいます)が成立します。ただし、この場合は、動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)にも違反することになり、器物損壊罪よりも重く処罰されます。
③破壊、又は、傷害
破壊とは、その物の本来的な効用を失わせる行為です。割る、傷をつけるといった物理的に壊す行為だけではなく、事実上、感情上その物を使えなくする行為も含みます。典型的なのは会社事務所の窓ガラス一面に多数のビラを糊付けする、食器に放尿するといった行為です。
また、写真を撮られないようにスマホを持ち去る行為も器物損壊罪です。窃盗罪が成立するようにも思えますが、持ち去ったのは写真を撮られたくないだけで、スマホを利用するためではありません。用法に従って利用・処分する意思(不法領得の意思)がなければ窃盗罪は成立しないとするのが判例の立場であり、この場合は持ち去ったことで被害者がスマホを使用できなくなった点が「破壊」にあたるとして、器物損壊罪の対象となります。
傷害とは、動物を毀棄することです。傷つけたり病気にさせたりする行為以外にも、逃す、捨てる、隠すといった行為も含みます。
⑵ 特徴
器物損壊罪には以下の特徴があります。
①故意犯
器物損壊罪は、故意に物を破壊しないと成立しません。「うっかり」「誤って」物を壊してしまった場合は無罪です。この場合は民法上の不法行為責任が発生しますが、刑法上は故意がない以上、処罰されません。
ただし、たとえば飲酒し始めた時点で「酔った勢いで物を壊すかもしれない」と予想しながらあえて飲酒して実際に物を破壊した場合には、破壊行為時に酩酊状態であったとしても故意は否定されません。飲酒の量や過去の事情にもよりますが、「酔っぱらっていて覚えていない」は口実にはならないことに注意が必要です。
②未遂犯がない
器物損壊罪には未遂犯の処罰規定がなく、物の破壊、又は傷害という結果が生じない限り器物損壊罪は成立しません。
③親告罪
器物損壊罪は親告罪です。親告罪とは、被害者による処罰要求を表す「告訴」がない限り、検察官は起訴できない犯罪類型のことです。告訴がなければ起訴されませんが、捜査は可能であり、後々告訴された場合に備えて捜査する場合もあります。
告訴の期限は、被害者が犯人を知ってから6か月です。告訴の期限とは別に公訴時効があり、犯罪後3年以内に検察官が起訴しなければ公訴権自体が時効消滅します。
ちなみに、民法上の不法行為責任に基づく損害賠償請求権は被害者が損害及び加害者を知った時から3年、又は不法行為の時から20年で時効消滅します。告訴を免れても民事上の責任を追及される可能性があるわけです。
⑶ 法定刑
次のいずれかの刑罰で処断されます。
- ・1年以上3年以下の懲役
- ・1万円以上30万円以下の罰金
- ・1000円以上1万円未満の科料
2 弁護方針
検察統計年報によりますと、2020年の器物損壊事件における検察庁既済人員7,604人のうち、起訴されたのは584人、不起訴となったのは5,038人、不起訴率は66%を超えています。不起訴となった理由ですが、告訴の欠如・無効・取消しが2,995人と半数以上で、次いで起訴猶予の932人、嫌疑不十分の916人でした。
そこで、まずは被害者からの告訴の回避や取消しを目的とする示談交渉を早急に取りまとめます。また、犯罪成立に疑義がある場合には、証拠や関係者の供述等を精査した上で嫌疑不十分を理由とする不起訴を目指します。
⑴ 器物損壊罪における示談
他の犯罪同様、被害者との示談成立は刑事事件化の回避や早期身柄解放、そして不起訴や執行猶予の獲得など、刑事手続きのあらゆる段階で有利に働きます。ただし、器物損壊罪における示談には次の2つの特筆すべき点があります。
①親告罪であること
上述もしましたが、器物損壊罪は親告罪です。告訴がなければ、検察官は起訴することができません。諸般の事情を考慮して起訴するかどうかは検察官が決める他の犯罪とは異なるのです。
そこで、事件後ただちに被害者との交渉にあたり、宥恕(罪を許す)意思、及び「告訴をしない」又は「告訴を取り下げる」といった内容の条項を盛り込んだ示談を成立させます。万が一、被害者がこれら示談の内容を無視して告訴したり告訴を取り下げなかったりした場合には、示談に関する資料を検察官に提出することで起訴猶予を理由とする不起訴処分を目指します。
②賠償責任を尽くす
示談ではその金額も重要ですが、器物損壊罪ならではの事情があります。
被害者が物を壊されたことを理由に民法上の不法行為責任に基づく損害賠償請求訴訟を起こした場合、賠償額は破壊当時のその物の価格にとどまるのが通常です。物の価格が補填されれば被害は回復されたことになり、それ以外の精神的苦痛に対する慰謝料は、動物傷害でもない限り、加算されません。
そこで、示談交渉にあたっては被害金額のみならず迷惑料や慰謝料の名目で金額を上乗せして、民事訴訟を起こすよりも示談に応じることが被害者にとって有利であることをアピールします。なお、これらの提案を加害者本人が持ち掛けることは被害者感情を逆なでするおそれがあり、得策ではありません。第三者である弁護士にお任せください。
⑵ 嫌疑不十分
故意がない、行為と結果の因果関係がない等の犯罪成立要件を欠く場合や、正当防衛等が成立し違法ではない考えられる場合には、その理由を記載した意見書を検察官に提出するなどして不起訴を目指し、前科が付かないように尽力します。
3 まとめ
「カッとなって」「悪ふざけで」とやってしまいがちな器物損壊罪ですが、罰金や科料で済んだとしても前科となってしまいます。その一方で、誠意を尽くして弁償すれば被害者からの許しを得やすいという特徴もあります。
刑事事件化されない、前科を付けないようにするため、お早めに津田沼法律事務所までご相談ください。